ノロウイルス感染症  その流行と対策

 (2007.2 柳作成の小論に手を加えたものです。

 すでに流行期を過ぎてしまいましたが,大騒ぎになったノロウイルス感染症について,簡単なレビューを試みましたので紹介します。以下は主として医学中央雑誌ウェッブ版で「ノロウイルス」をキーワードに2004年以降の抄録のある和文論文を検索し,タイトルから関連のありそうなもの10件を選んで読んだものをまとめたものです。

 まずノロウイルス感染症が急に増加したのかどうかという点ですが,高齢者福祉施設や身体障害者福祉施設での集団感染例は,かなり以前から報告されています。感染性胃腸炎の過去5年間の定点からの報告数等(http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/kanren/yobou/040204-1.html#05)によると,平成13年から平成17年にかけて874,241件から941,922件へと1.08倍に増加し,死亡数(人口動態統計)1,242人から1,732へと1.39倍に増加しています。つまり件数の増加もさることながら,死亡数の増加が特徴的です。対策の遅れがうかがわれます。

 次に感染経路ですが,食中毒の要素と感染症の要素を併せ持つと言えます。まず食材汚染ですが,田中らの報告(日獣会誌2005;58:627)によると輸入生鮮魚介類からのノロウイルス検出率はタイラギ(貝柱を食する。ほたてと区別しにくい)22.2%,ハマグリ16.7%,ブラックライガー14.3%,アカガイ9.9%でした。これはかなりの高率です。輸入生鮮魚介類が正当な表示も無く飲食店で提供されている危険性がありますので,注意が必要です。

 感染症としての要素ですが,複数の報告がヒト−ヒト感染を示唆しています。おそらく吐物や排泄物の処理の際,手指が汚染され,それが直接,間接に伝播したと考えられます。ノロウイルスの感染力は非常に強く,少量のウイルスで感染が成立するようです(山梨衛公研年報2004;48:23,食品衛生研究2005;55:43,日重障誌2006;31:257)。またウイルスの排出期間ですが,個人差が大きく,健康成人で2-15日とされています。免疫力の弱い人々ではさらに長期となり,1歳以下の患児では3週間以上排出している者が3割以上もあったする報告があります。これらはウイルスの遺伝子を検出しているだけで感染力が持続しているかどうかは不明なのですが,少なくとも下痢をしている間は感染の危険性があると考えるべきでしょう(食品衛生研究2006;56:9)。

 問題は消毒法です。実はヒトのノロウイルスは培養に成功していませんので消毒法も近縁種のウイルスで実験して推奨されているだけなのです。ネコのノロウイルス近縁種による実験では,塩素系消毒薬の効果は顕著ですが,人体に直接使えないのが難点です。ポピドンヨード製剤はいずれも有効で人体に用いることができます。塩化ベンゼトニウムはほとんど効かず,グルコン酸クロルヘキシジンは無効です。70%エタノールは10分ほどでやっと効果がある程度です日本化学療法学会雑誌2006;54:260)。

 実践的には,まず流水で洗うのが効果的です。これだけでもウイルス量が100分の1になります。ハンドソープの10秒もみ洗いを併用すればさらに10分の1に,もみ洗いを2回すれば100分の1に減らせます(感染症学雑誌2006;80:496)

 ノロウイルスは乾燥にも強いようですので,必ず消毒しましょう。汚染した場所はポピドンヨード製剤 (ヨード系のうがい薬でも効くと思います) とアルコールを,掃除道具は塩素系 (漂白剤でも効きます) 用いるのが現実的です。手袋や防護服なども必要です。汚染したものを厳重に処理し手洗いを徹底すること,下痢のある患者・職員は隔離することが重要だと思います。今後,福祉・医療の現場で労働強化が進み,対策の遅れから死亡率の増加をもたらすことのないよう,職場での協力体制を組んでいく必要があると思います。